新型コロナウイルスにまつわる状況がなかなか好転する兆しの見えない中、エンターテインメント業界ではオンライン公演が盛んにおこなわれ、コロナ禍での希望の光として、注目を集めている。
新型コロナウイルス感染拡大により、世界中の音楽業界は大打撃を受けている。ここ数年、世界的なブームとなりつつあったK-POP業界も例外ではなく、巨大な会場でのコンサート開催や観客を入れての音楽番組の収録などが制限された。グローバルな活動をするK-POPアーティストにとって、韓国国内のみならず海外での公演ができないことは、非常に大きな痛手となっている。
そんな中、オンラインでファンミーティングやコンサートを開催し、ファンと交流をはかろうとする動きが盛んになっている。
まず動き始めたのは、韓国の大手芸能事務所SMエンターテインメント。世界初のオンライン専用コンサートとして披露した「Beyond LIVE」を利用し、観覧者数が10万人を超える公演を次々と実施している。
また、K-POP界を代表するグローバルアーティストBTS(防弾少年団)は、去る6月、有料オンラインコンサート「BANG BANG CON THE LIVE」を開催。観覧地域は107か国に及び、同時視聴者数75万6600人余りを記録。なんとギネス世界記録に認定された。
思わぬ形でK-POP界に訪れたオンライン公演の波だが、この流れは業界にとって追い風となるのか、それとも向かい風となるのか、いくつかのポイントを基に考えていきたい。
グローバルファンの取り入れやすさ
オンライン公演の最も大きな利点として上げられるのが、1回の公演での集客力の高さだ。
グローバルな活動を行っているK-POPアーティストのファンは、世界中の至るところに存在する。しかし世界各国で公演を行うには、アーティストの現地での知名度や、運営側の十分な資金力などが問題になってくる。実際、かなりハードルが高いのが実情だ。
しかしオンライン公演であれば、1カ所の公演だけで、世界中のファンを集客でき、運営費を大幅に抑えることができる。ファンにとっても、チケット代だけでアーティストの公演を見ることができるようになる。コンサート会場に足を運ぶための旅費や宿泊費といった費用が不要になるのだ。
こうした点からみると、オンライン公演は、運営側にも、ファンにもメリットが多い、win-winなスタイルだと言えるだろう。
オンライン公演ならではの映像演出
さらにオンライン公演では、K-POP業界が得意とする、多彩な撮影技術やカメラワーク、映像表現などの強みが活きてくる。
リアルなコンサートでは、スクリーンに映し出される映像の演出に加え、観客が客席から直接ステージを見たときの演出との兼ね合いを考えることが必要になってくる。
一方、オンライン公演では、視聴者が見るのはデバイスの画面だけになるため、制作側はその部分の演出に集中できる。これまでのオフライン公演で取り入れることが難しかった、ワンテイク撮影(※1)やAR(拡張現実)技術(※2)などを駆使した舞台演出が実現しやすくなる。
(※1)ワンテイク撮影とは、例えばMVなどでカメラの切り替わりや場面転換などがなく、最初から最後まで1台のカメラで1本のMVを丸々撮影する方法のことだ。(例:EXO「Growl」MV)ワンテイク撮影は、観客が映像のみに集中することで初めて成り立つ演出方法だ。実際に会場にアーティストがいてパフォーマンスしている状況で、映像だけを注視するというのは、なかなか非現実的だろう。
(※2)AR技術とは、実在する風景に仮想(バーチャル)の視覚情報を重ねて表示することで、目の前に広がる現実世界を拡張するという技術だ。代表例としてあげられるのが、世界的人気を博したゲームアプリ「Pokémon GO」だ。このゲームではAR技術を用いて、自分が見ている世界にキャラクターが登場する、という現実世界の拡張を体験できる。
こうした映像技術は、韓国エンターテインメント、K-POPの得意分野だ。しかし、これまでのオフライン公演では、客席からステージを見た場合の演出を考えて舞台構成を製作しなければならなかったため、技術はあるのに上手く取り入れることができないという状況が続いていた。
しかし観客が映像のみに集中して鑑賞するオンライン公演では、こうした撮影・映像技術を存分に生かすことができるだろう。
収益の低下
オンライン公演を開催する上での弊害も生まれている。オンライン公演実施に必要なインフラ費用などが、芸能事務所の経営を圧迫しているのだ。
オンライン公演では、一部の運営費や警備費の面でオフライン公演よりも経費を削減できたという報告も出ているが、一方でオンライン公演で必須となる回線の整備や、配信プラットフォームの利用費など、これまでになかった費用が発生している。トータルで見ると、オンライン公演は、そこまで大きな制作費削減までには至らないようだ。
さらにオンライン公演では、リアルなコンサートに比べてチケット代は大幅に低く設定されることが普通だ。こうした点も、オンライン公演の収益性を下げる要因になっている。
チケット販売手数料も重くのしかかってくる。韓国の業界関係者によると、オフライン公演の場合、公演にかかる費用のうち、チケット販売の手数料は5%ほどだが、オンライン公演の場合、プラットフォーム手数料などが制作費の30〜50%にも及ぶのだという。
したがってオンライン公演の場合、一枚のチケットから得られる利益が大幅に下がるため、その分、枚数を売らなければ採算が取れなくなってしまう。しかし、それほどの集客が見込めるアーティストは、残念ながら限られてくる。
しかしこうした状況でも、オンライン公演をせざるを得ないというのが中小の芸能事務所の現状のようだ。「公演をやらないことで今いるファンが少しでも離れていってしまうのを防ぐために、やらないよりはやったほうがいいという考えで、オンライン公演をしている」と話す中小の芸能事務所関係者は話す。
オンライン公演でしかコンサートやライブができない今、こうした問題にどういう戦略で臨むのか。各芸能事務所の手腕が問われている。
著作権の保護
著作権の保護もオンライン公演における大きな課題だ。
リアルのコンサートやライブでは、巡回のスタッフが無許可の撮影者を取り締まることができるが、オンラインの場合はそういうわけにもいかない。
オンライン公演では、視聴者が簡単に録画・撮影することができてしまうため、映像や画像の拡散を食い止めることは難しい。また視聴者は世界中にいるため、運営側が法的措置を取ることも簡単ではない。
さらに、「1回の公演で視聴する人数も多いため、これらの問題を全て管理するのは実質不可能だ」と話す関係者もいる。オンライン公演の利点の一つである集客力の高さが裏目に出てしまっている面もあるようだ。
有料コンテンツの内容がSNSなどのネット上に流出し続ければ、運営側の収益の低下につながり、今後のコンテンツ制作に悪影響が出かねない。新型コロナウイルスの影響が長期化する中、こうした問題の解決も運営側にとっては緊急の課題だ。
ファンの高揚感の低下
リアルなコンサートに比べ、オンライン公演は今一つ、物足りないと感じるファンが多いのも事実だろう。
共通のアーティストを応援するファン同士が同じ会場に足を運び、ワクワク感や緊張感を共有する体験というのは、現状、オンライン公演では再現は難しいと言わざるを得ないであろう。
一K-POPファンとしてこの記事を書いている筆者も、この期間にいくつかオンライン公演を鑑賞した。どれも素晴らしいステージ構成で、おうち時間で増えた憂鬱さを忘れさせてくれる時間だった。
しかし毎回、公演が終わった後に、「これを生で見たかった」という喪失感に襲われてしまう。現場独特の空気感が味わえないからという面もあるが理由はそれだけではない。万単位の視聴者が回線に集中することもあり、公演中に何度も映像が止またり、誰が誰だかわからないレベルの画質でしか視聴できない、といったトラブルが少なくないのだ。
通信障害により、臨場感が損なわれ、ファンの心を掴みきれないというのも、制作側にとって悩ましいポイントだ。実際に、とある芸能事務所が実施した公演後のアンケートにおいても、こうした意見が見受けられるという。
オンラインの公演で、現場と全く同じ臨場感を出すことは、今の技術的に難しいだろう。だが、どこまでそれに近づけるか、どうすればファンが楽しめるようなコンテンツを作れるか。こうした部分は、業界全体が知恵を出し合って改善を図っていく必要があるだろう。
まとめ
依然として、新型コロナウイルスの感染拡大が収まらない中、エンターテインメント業界が選ばざるを得なかったオンライン公演という新しいコンテンツ。
オンライン公演は、K-POP業界の得意とする映像技術やカメラワーク技術を存分に演出に利用することができ、これまで会場に足を運べなかった世界中のファンを、たった1回の公演で集客できる可能性がある。グローバルファンを擁するK-POPにとっては、今後の業界の発展において大きな武器となるだろう。
一方で、オンライン開催による収益性の低下や著作権の保護などは、今後、しっかりとした対策を講じていかなければいけないポイントだ。
そして何より、この制限の多い状況下で、ファンがいかに満足できるコンテンツを提供できるか、という点が、何よりも重要で、ファンが切望するポイントであることは間違いないだろう。
新型コロナウイルスの1日も早い終息と、全てのファンたちが1日でも早く現場復帰できる日がやってくることを願うと共に、新しい可能性として誕生したオンライン公演が、より成熟したコンテンツとなることに期待したい。